日々の泡 やがて光の発狂をオアシスと呼ぶそこまではゆく

タイトルは上條翔さんの短歌です。大好き。
日々の泡 という言葉も 光の発狂という言葉も、私たちのくらしやバンドそのものみたい。こんなのoasisの概念短歌だ。でもわたしはやがて光の発狂をオアシスと呼ぶそこまで「は」ゆくんだけでは満足できない。ので もっとゆく。それでちゃんと帰ってきたい。I can't get no satisfaction〜
いっておくけどこのはてブは3万字あります。マンチェスター初日と東京2日目の感想、バンドへのでかい感情、出会った人達が大好きだという話、あと人生の話などです。
自分のために書きました。2022年にネブワース感想文を書いたんだけど、このはてブは、あのころオアシスに手を引っぱられて始まった人生とかあのころの私への返信です。
でもな〜これを書きながらまだ公開するかどうか迷っている。最近はちょっとオアシスの話しただけでフォロワーのフォロワーのフォロワーのフォロワーみたいな人からふぁぼられるし。昨今のインターネット冷笑うらなり坊やたちに聞かせたい話でもないし。昔と違って今はもう人生の話をインターネットの不特定多数に聞かせないとやってゆかれない精神状態でもないし。なんかやだなー。長いとか読みにくいとかバカがにじみ出てるとか本を読まない人の文章とか教育の敗北とか言われそうだし。うるせえなお前のために書いてねーよて感じだし。どうしようかな……と迷っていますがたぶん公開することに決めるんでしょうね
始めたことは終わらせないと次に行けない性格だからここにこうやって書くことでいろんなことを覚えておいたり忘れたりしたい。もう終わりにして〜〜〜〜〜んだ。さらばすべてのエヴァンゲリオンなんですよ 『遅ればせながらわたくしも、これをもちまして皆さんの方にいかせていただきます』という宣言。
こんな所で時間を潰してないで人生をやっていった方が絶対におすすめですが、読んでくれるならありがとうございます。
読むなら話が長いので覚悟してください。 では始めます。
マンチェスターのヒートンパークはふつうに外の原っぱだから遮蔽物とかは木とかそんなもんしかあんまりない。そこで鳴らされた音は長い一瞬の時間をかけて距離を飛び越えどこまでも伸びて飛んでゆく。それってすごくoasisだった。言ってる意味分からないと思うけど、ポエムじゃなくて現実だから想像すればわかる。だから想像してください、





この空の下で、この空の下が、ものすごいことになる。じゆうとか尊厳とか、これまで諦めてきたことすべてとか、つまり私やあなたがバンドに託してるやつすべてごと、音楽を、バカでかいつーかバカでっかい音でずっとずっと見たかったバンドが大好きな音楽を鳴らしたから。前の方にステージがあって、その下で人が波打っている。バカでっかい音がバカでっかい原っぱに立つわたしたちの体や頭の上を突きぬけていったので目で追ってみると、音は一瞬間のうちにはるかな距離を飛び越えて、夕暮れの黄色と水色の空のずっとずっと向こうまで彗星の尾みたいにすごい速さで伸びていったのがきっとあなたにも見えるだろう。音は私たちをとおりすぎたあとも直進して、たとえばどこか知らない遠くの住宅街の上を通過したみたいだ。想像の中で知らない街の道路にたってみると、あんなにバカでっかくて中身の詰まった感じのタイトな音も、ヒートンパークから距離が離れるにしたがって薄まって広がるみたいに音の輪郭はぼやけていき、今では空気と音の境目はもうすっかり曖昧になった。距離をかけるあいだに緊張や気負った感じは脱ぎ捨てて、ここではもう、わうわう響くみたいにまるくおだやかに聞こえる音だけれど、原っぱにあったしあわせだけははっきりと伝達している。これはTwitterで見つけた動画だけれど、例えばこんな感じに。
https://x.com/boneheadspage/status/1943939521327808716?s=46&t=ciyS-4lD9tzPtnpuF-gTRg
No tickets needed. 🎶❤️❤️❤️🎶 https://t.co/pQbRl7DR5t
— Paul Arthurs. (@BoneheadsPage) 2025年7月12日
https://x.com/_mack17_/status/1954477612832620831?s=46&t=ciyS-4lD9tzPtnpuF-gTRg
Half The World Away - Murrayfield night two, from the street 🏴 @OasisMania @OasisArchives pic.twitter.com/RU6LgMoY6i
— 🏴 (@_mack17_) 2025年8月10日
…という、遠くまで音が届くという ことが、世界中でバンドの音楽が聞かれていることと重なって思えて、こうやって実際に距離を飛び越えてたくさんの人に聞かれていったんだなあ と思ったというか、空の向こうまで というこの光景がオアシスの音楽の象徴のようなライブだったというか、世界中に広まったプロセス?その過程の種明かし?のように思えて、ヒートンパークのオアシスはとてもoasisだった。オアシスてやっぱり外でやるバンドなんだなと思った。空が見えるところで自由を歌うのがかなりoasisだった。


7月11日ライブ当日の午後1時頃、わたしはマンチェスターヴィクトリア駅そばの公園にいた。マンチェはゴミ箱に灰皿がついてるんだけど(最高!)、そこのゴミ箱はくせえからムカついていた。煙草を吸って、特に何をするわけでもなく、ほかの人たち同じように芝生に寝転がってストーンローゼズとかスミスとかを聞いていた。(最高!)
8日早朝のバスで山形を経ち仙台空港に向かい、そこから福岡、香港と乗り継ぎ9日の早朝にヒースローに着地。
そこから丸一日半かけて007スカイフォールで爆破されるMI6本部とかモーニング・グローリーのジャケットの通りを見に行き、ノエルストリートだ!と楽しくなり、ヴィクトリアパークで犬やリスや馬などを眺め、薬局に行き不審な目で見られながらアルカセルツァーを買ったり、ウォータールーサンセットを聞きながらウォータールー橋を歩く…他をして、10日の夕方にマンチェスターに到着。
迷ったけどそこからバーネイジに向かうことにして、シフターズレコードで隅から隅までCDやらレコードやらカセットやらを見て、そのへんうろうろ散歩して、中心部に戻ってきてからadidasのショップに行って夜にスウィントン駅でおりるまで憧れの地をメチャクチャ楽しんでた私である。
が、翌11日の朝になると「チケットを持ってない」「自力でチケットを買えなかったから、『余ってるけどいる?』って声掛けてくれたフォロワーと合流しないとライブ会場に入れすらしない」という事実にやられて原っぱに倒れ込んで動けずにいた。
昨日空腹ヘトヘトなところに酒とポテチだけ入れて寝たせいでちょっと二日酔いかも…みたいな気分でいたけど、本当は、チケット分けてくれたフォロワーと合流できないとヒートンパークに入れすらしない事実に胃を殴られ続けていて、いくらなんでもちょっと具合悪かったということである。
陽キャはフォロワーと協力してチケット取れるからいいですよねえ……陰キャは友達がいないからチケットを手に入れるなんて夢のまた夢です…みたいな言葉が聞こえてきそうですが、とんでもない、わたしを陽キャ扱いしないでください。
このフォロワーとは2022年にネブワース行く時からのつきあい 今回みたいに右見ても左見ても渡英!なんてどうかしてる状況じゃなかった。海外旅行が初めてなのに世はコロナで大騒ぎで、ただでさえわかんねえ入国や帰国の手続きが二転三転する水際対策のせいで輪をかけてよくわかんなくなっていた。よくわからんのだけど、どうしてもリアムが見たいから、どうしてもリアムがみたくてこんな時期にイギリスに行く人達と連絡を取りあった。その中のひとりがこのフォロワー。
わたしは陰キャに面倒な種類の誇りを持っているけど、陰キャラなせいでライブ見れなかったら陰キャラであることを誇りに思えなくなってしまうので後悔のないよう魂燃やしたい。燃やしただけ。陰気だけどマジで頑張ったんだぞ。わたしが陽キャの側にいるからって陽キャのひとりだとおもわないでください 大いなる勘違い失礼だぞ。そもそも陰キャだの陽キャだのくだらない 何言ってんだマジ。
もしかすると未来のおたくがチケットマスターのこと知りたくてこのはてブにたどり着くかもしれないからチケットマスターのことも書いておこう。
チケットマスターに譲渡はない。だから私はフォロワーと合流する必要があったわけ。チケットマスターは腰ぬけじゃない。
そう、チケットマスターは腰ぬけシステムではない。チケットマスターはタフなシステムだ。言っておくが、YOU ARE NOW IN THE QUEUE 54042 PEOPLE AHEAD OF YOUというタフな現実がいつか気持ちを奮い立たせた未来のお前に襲いかかるのはまちがいないことだ。
『よく来たな。俺がイングランドだ』チケットマスターはそう言うだろう。お前は厳しい洗礼をうけ、奥歯をかみ締める。その後に待ち構えてるのはsorry.pia.jpよりももしかするとタフな現実、世界<チケットマスター>とお前との持久戦・・・・・・4時間待ったにも関わらずクレジット・カードは弾かれ続け、時間は無情にもすぎてゆき、チケットは目と鼻の先にあるのに買えずに全ては白紙に戻される。もう一度れつにならんだときにお前が見るのはYOU ARE NOW IN THE QUEUE 100559 PEOPLE AHEAD OF YOU の絶望だ。英語がわかんない!とか、次はどうしたらいいの!?とか、陰キャラだから協力プレイは無理・・・とか泣き言をゆってる冷笑うらなり坊やは道の向こうからモリッシーがやってくるのを見るまでもなく倒され、バーチャル・マンチェスターの汚い舗道に情けなくのびることだろう。頑張れ。諦めるな。魂を燃やすんだ。(※逆噴射聡一郎先生のシグネチャー構文を引用しました。)
何の話だったっけ?そう、マンチェスターの話。
この街の人間は全員ヒートンパークに行くんだろうかと思うほど、どこを見てもオアT、adidas、アンブロ、ストーンアイランドを着ていて、あとは服を着ていない上裸ニキばかりだった。向こうから歩いてくるやつら全員の胸にoasisの文字が踊っている写真撮っとけばよかった。
だからこの中から私のチケットをお持ちのたった一人の日本人を見つけ出すの、無理だよ…と、私は完全にうらなり坊や、あほ、腰抜けのあほだった。
こうなることを予測して借りていった5Gのwifiとかはまったく心の支えにならなかった。オアシスが好きそうすぎるやつらがいくらなんでも多すぎる。
その後無事フォロワーと合流できたものの多大すぎる迷惑をかけてしまって本当に申し訳なかった。「チケット無いのに2日前間観光してた??俺と会えなかったらライブ見れないのに?やば……」て言われて、それは本当にそうだった。草。(このフォロワーとは東京終わりにHUBで飲んだ。私は泥酔して呂律が回らないので、持って行ったマラカスを振ることで「はい/そうですね/わかる/それな」などの意思表示を行って会話をした。駅に連れて行ってくれてありがとう。「ノエルのバッグ地面に置かないで!もう!ちゃんと立って!」と叱咤された記憶。全体的によく覚えてないけど絶対に忘れないよ。缶チューハイありがとう。酔っても記憶ある方だから、たぶんけっこう覚えてるよ!)
ヴィクトリア駅周辺は浮き足立っててℋ𝒶𝓅𝓅𝓎だったがハレでもあってケでもあり、なんとなく生活の延長っぽさもあった。ギャラガーを地元のガキ扱いするおじさんと酒を飲んだとき、ここは本当にマンチェスターなんだなあと思った。羨ましい限りだった。
ヒートンパークでは私たちみたいな外国人の他に、カップルで素敵なおしゃれしてきた人、短パン上裸サングラスバケハ男の大群、無地白T着て煙草(真昼のマリファナ野郎だったかも。あれってほんとに煙草かな?)を吸ってるオジサン、仕事で来ている人(※わたしは会場から数キロの所にあるパブの2階のドミトリーに泊まったのだが、2段ベッドの下段に寝てた人、オリヴァーは、ライブに警備の仕事できていたらしい)などがいて、仕事か遊びかの大きな違いはあるけれど、みんなこの前代未聞のロックンロール集会に参加しに来ていたことには違いなく、共通してるのはラフで自由なこと。なんていうか「俺たちの街の一大イベント!凱旋!祝福!歌って飲んで目撃者になろうぜ!」⊂生活。みたいな感じだった。部分集合だ。羨ましい。羨ましい!と思って、それってよそ者だからだよなあと思う。
だって私たち外国人は働いて金貯めて24時間と人生をかけて国という国を跨いであの場所にたどり着いたのに、マンチェスターはただふつうに噂通りにマンチェスターだったのだ。茶色い家々、かわいい。道端にゴミと一緒に落ちてるコンドーム。香ばしいぜ。街中ではキャットコールくらい(くらい ではない。)なもんで、スリとかも気をつけとけば大丈夫そうだったけど、ちょっと外れたところでは治安が悪いと言わなきゃ申し訳ない感じがするくらいにはしっかり治安が悪かった。ライブ終わりの夜中、寝静まった住宅街を歩いてたらスケーターキッズにストーカーされてしっかり怖かった。そりゃあ夜中はどこの国でもそれなりに危ないよ、と思う。わたしは排外主義のうらなり坊やじゃないから勘違いしないでね。
本当に夜は気をつけような。だって夜だ。夜は気をつけた方がいいて こどものころから知ってるじゃん。自分ちの周りの熊くらいしか出ない田舎道とかじゃないんだよ。あなたが都会モンでも同じこと。
ストーカーされながら薄暗い道歩きつつ、ビビったら終わり…ビビったら終わり…とバッグの紐を握りしめ地図見て歩くのをやめて煙草に火をつけ「あたしここの人間なんですけど何か?」みたいな顔してあるいた。角を曲がったらもう追いかけてこなかったけどその変わり、イギリスなので当然、歩道の脇にショーン・オブ・ザ・デッドのOPみたいに車がたくさん並んでいる。さすがにマジで怖かった。今思えば車道の真ん中あるけばよかったかも。(そういう話じゃないんだってば!)しかも途中で道を間違って、もう完全にこれだった。

20分くらい歩いてパブのあかりと話し声が聞こえた時は本当にほっとした。思えばネブワース行った時絡まれたのも21時過ぎである。わたしもう家のまわりでも夜はもう出歩かねえ
でもマンチェスターの名誉のために言うとわたしが会った人たちは皆全員優しかったです。しらないおねえさんが車に乗せてくれたり……知らない人の車に乗ってはいけません。
思ったのは、わたしは永遠にこの街とこの音楽のワナビーなんだということ。この街に暮らす気持ちは分からない。ここで働く気持ちもわからない。だからここで生きてみたいけど、それってたぶんものすごくお気楽だ。ワーホリ行ってるフォロワーとかほんとすごいなあ
バーネイジを散歩してきたのだが、その日はすごく晴れてて空は青くてカラッと暑くて、木とか葉っぱの緑は美しくて、ガタガタの道も正直邪魔なかんじで置いてあるゴミ箱も、それはそれはワクワクという意味でのおもしろい感じで目にうつった。のんびりした感じの道も、バス停も、店のチープな蛍光灯も、ボロボロの塀も私には全部素敵なかんじにきらめいて見えた。けど、ここはノエル・ギャラガーがだれか俺をここから連れてってくんねえかなと願ってた場所なんだよな……とか思ったらなんか、きれいな緑や、ガタついた道や壁、蛍光灯、ゴミ箱だとかについて考え込んでしまった。この駅で来ない電車を待ってたのかな、誰もいねえ緑ばかりが美しいこの駅で…とか一度思ってしまうとわたしはもう、早くノエル・ギャを見つけならなきゃ…泣泣泣泣 みたいな気持ちがした。わたしはもうとっくにノエルのこと知ってるし、見つけてるし、見つけてもらったし、なんならガンギマリのおたくなのにね。




余談なのだが今回初めてパブに行った。前述した通り宿泊場所の1階がパブ。チェックインの際に宿泊客の酒代は3%オフ、今日は夜通しライブ(というなのカラオケ大会)があります。きみどうせ明日のオアシスのために来たんでしょ?君の好きな曲もきっとみんな歌うよ とか言われたら飲まないわけにはいかないですよね。
柱の影から店の中をのぞいたら、泥酔している男女4人組が私を見つけて、おい何してんだこっち来い!呼んでくれて、わーい!🐕💨てな感じだった。
座ってそうそう話は盛り上がり、流れがわからないまま、なんだかよく分からんが全員が手マンのジェスチャーしてギャハギャハ笑い始めた。これ手マンよな?世界共通?とか思ってたら優しいベグビー(トレインスポッティング)みたいなおじさんから「恥ずかしがるなよ湿気、これがイングランド、これがマンチェスターだ!」と言われて、やっぱり手マンと潮吹きのジェスチャーであっててワロタ。
おじたちは私の隣に座ってたZ世代のゲイをいじっていて彼は中指を立ていた。おじから湿気はストレート?と聞かれたから「ちがいま〜すバイです」と答えた。オジたちからは「お前は半分キショい。半分はキショくないが」みたいなこと言われて、YOU TOO!!!!と言い返した。超楽しかった。
それなりの時間に部屋に戻ろうとしたら、デイヴ・バウティスタみたいなおじから「寝る!?早すぎる!!ありえない!こんな時間から寝るな!!!」と言われて捕まえられてキスされてワロタ。みんなとハグしておやすみ〜と言った。偽バウティスタは「お前上に泊まってんの?俺もついてっていい?😘」とか言うので中指だった。センキュ〜アイラブユ〜と言ってその場を後にした。
わたしは英語がマジではなせないのだが、ベグビーが「ここは酒が飲めるし宿代も安いからいいよな。WE ARE ALL POOR!お前が英語話せないとしても俺たちみんな友達な!」とか言い出してマジでおもろく、かつ超良い人だった。周りの貧乏人たちから歓声が起きた。仲間に入れてくれてありがとう。
彼らとはライブのあとも一緒に過ごした。夜遅くになるとパブの正面入口が施錠されるので、裏の庭から入ることになる。ここでみんながビール片手におしゃべりする。(最高!)わたしはそこに オアシス見れたよ〜!!と言いながら入場し祝われた。夜中まで一緒にドンルクとかを歌ってくれた。前日の手マン席にいたお姉さんは私を見るなり「湿気だ!昨日の子だよね!?覚えてるよ〜オアシス見れた?無事に帰って来れてよかった!」といって抱きしめてくれた。(オアシスのライブに行くと言うとみんなが 治安の悪さに言及するのが面白かった。私の英語がヤバすぎるのもあって心配してくれるんだろうけど、オアシスて一体なんなんだよと思った。)オリヴァー:ベッドの下の段の人 からは告られてちょっとダルかった。パブに着いた日一番最初に仲良くなって、一緒にスーパーに行き色々奢ってもらって(ウォーカーズというポテチのソルトアンドビネガーはマジで美味い)何時間もおしゃべりした手前なんか申し訳なかったが振った。あんなにウィンクされてあそこまでsweetな扱いされたの人生初だったかも。
12日のライブに行くオアTニキ、私の隣に座ってた酒臭い「タバコちょうだい😄」ニキ(名前忘れちゃった〜…)、ドンルクうたう私たちを指さして一緒に歌ってニコニコしてたかっこいい女、ベグビーの奥さんだとか、初めましてのみんなともおしゃべりできて嬉しかった。バウティスタがいなくて寂しかった。さいごに何人かと写真を撮った。みんなずっと元気でいてね。ベッドに横になったら、そとからオアシスが聞こえてきて、みんなが歌ってて、それがとってもふつうで自然でやさしかった。0時過ぎてんだぞうるせえ!とパブのおやじから怒られた後だから、だから彼らは大勢で歌いながらどこかに歩いていった。今思うと帰宅組だったのかなあ。歌う声が少しずつ小さくなるのを聞きながら、これがわたしの「自慢されたいイギリス」だと思った。自慢してるつもり無いとおもうけど、それもやっぱり嬉しかった。余談の余談だけど、わたし排外主義ってほんとうんこだとおもう。相手を知ろうともせずにビビってdisるなよ。対話しろ。心をオープンにしろ。こんにちはとありがとうを言ってハグをしたあとの表情をみてもまだ国に帰れとか言えるんですか?と思う。余談が長くなりました。







ところかわって東京は、ドームの中で音が反響するので、バカでかい音で鳴った瞬間の質量が保たれたまま反響して反響してまた反響することで、上からも下からも右からも左からも音が降ってくるようだった。なんていうか音がみちみちだった。リアムの声が、ギターの音が、ピアノの音とドラムの音がみちみちだった。想像としてはスライムみたいな物が東京ドーム満杯に入っているみたい。違うかも。綿がぱんぱんに詰まってるクッションに四方八方からぎゅむぎゅむ押されて塞がれているみたい。音は目に見えないのに目の前にかたちが見えるようだった。手で触ればつかめそうで、同時にぎゅうぎゅう抱きしめられてるみたいだった。歌いながら前に手をずっと伸ばしてた。遠いのに近すぎて、伸ばせば届きそうだったから。
ライブ中急に頭に浮かんだ言葉は「しあわせが両手広げて抱きしめてくれる」というフレーズだ。これはチャットモンチーの真夜中遊園地の歌詞「どこに向かってゆくんだろう 何が真実なんだろう しあわせが両手広げて抱きしめてくれるというのに どこに向かってゆくんだろう 何を探してたんだろう しあわせが両手広げて抱きしめてくれるというのに」の一部。
酸化した現実の中、むしょうに不安になっていた5年くらい前のわたしは、結局のところ何を探していたのか?その答えって今ここ、この瞬間だ。right here, right now!1階スタンド1塁側 20ゲート9通路36列351番。生きているというよりは、頑張って自分で生きてきた!という強烈な実感。および自信。
1stアルバム発売が25年前だった5ねん前、クソみたいなラジカセに初めてDMのCDを飲み込ませた日から、私の隣にはあの頃のマンチェスターにふてぶてしく座り込むギャラガーがずっとそばにいてくれた。「こんなジメついたゴミくっせえ水溜まりある路地裏におれもういたくねえんだけど もう行かね?」とか言いながら、ギャラガーは私の肩を叩いて手をひっぱって明るい道につれていき、そのあともいつもそばにいてくれた、そんな気がしているのですが、そばにいた人が、音楽が、東京ドームで手を伸ばしたら私を抱きしめ返してくれていた。それがやっぱりめちゃくちゃoasisだった。
ノエルにありがとう!とか I love you!と叫んだ。聞こえてないだろうけど別にいい。言いたいから言える時に言うのだ。だって"オアシスの"ノエルが目の前にいるんだもん。この期を逃すな!ノエルは捕まえられる時に捕まえろ。リアムなんて捕まえた上にキスしてケツも揉んでいる。ウオ すっげ これが噂に聞くオアシスのギャラガー兄弟か…
リアムには、フォロワーといっしょにかっこいい!ウウ〜ッ ウワ〜ッ!♡♡ ぎゃ!!!!!かわいい〜ッ🫶ヒィ〜ッ無理ッ泣 好き〜泣 帰んないでぇ〜泣 ずっといて〜泣 とか喚いていた気がする。
リアムがありがとうと言うので、なんでこっちが礼言われてんだおかしいだろ……泣と思った。ネブワース行った時、ああこの人にどうにかして大好き、ありがとう、と言いたいのに伝えられない……でもこのひと、私たちの気持ちなんて全部わかっててくれそうだな ふしぎ……………しんみり…とか思ったのだが、そんなもんはありがとう、大好き!と叫べばよい話である。シャイな日本人とか言ってないで叫べばすむ話である。だから叫んだ。リアム!!!!!!!!!!!!!
リアムって若い頃からかっこいいけどこれほどまでにかっこよかったっけ?と思った。私はこのツアーを通してはじめてリアムのかっこよさを知ったような気がしましたよ。本当にかっこよかった。すごかった。凄いというかエグかった。ソロも大好きだけど、「オアシスの」リアム・ギャラガーはえげつなかった。歌えば歌うほど仕上がっていく声は最強そのもの、かれは完全無欠にロックンロールスターだった。ポズナン、超楽しかった。褒められて嬉しい。


あーほんとうに、日本に来てくれてありがとう。オアシスは転がっていく人生と共にある音楽だ。だからわたしはライブのあとにある人生をわたしのサビにしていきたい。ここが最高じゃなくて、これからが最高。わたしが歩く後ろ姿にロックンロールスターの前奏のギターがぎゅい〜て重なるのはこれから。
あとなんか、話が長くて恐縮なんだけど、今日車運転してて思ったけどオアシスて巨大だ。リアム・ギャラガーにいたってはなんか世界の共有物みたいにおもえた。そんなはずはないのだが。
ギャラガーは彼らの大体1.75メートルくらいのからだに縦にも横にも彼らのからだそのものじゃないもの=責任、勝手に期待されてる様々なこと、噂、先入観、「どうせまた喧嘩するだろ笑」とかいう冷笑うらなり坊やたちの見下し、知らねーやつらから向けられるデカすぎる希望、他、とかがまとわりついていて、ふつうならちょっと動けないほど着膨れしているように思えるんだけど、ギャラガーは着膨れした服をからだの一部に取り込んで、全部ごと自分にしてるように見える。
今回のツアーはただでさえ存在が"巨大"な彼らが、ただでさえデッケエ彼らが「自分より大きなこと」をしてみせたのだと思う。50代になっても望むならひとはいくらでも変われるんだと示してしまった。この歳だったら色んなことに満足してこぢんまりして凝り固まることだってできるだろうに、いいこにして、エゴをひっこめ、健康でいることにつとめ、人にやさしく親切にし、手を取って、対話して、ハグして、称えあい、お辞儀しあって、令和キッズたちから貰ったかわいいアクセサリーを身につけたり、心を開いて受け入れて、冷笑うらなり坊やでいるのをやめた。そうしたらどんなおもしろい世界が待っているのかを世界中のみんなに見せてしまった。ものすごくすごいことだと思う。こんなの福祉?の何か公共事業?キャンペーン?とかで企画してとりくむ赤い羽根共同募金みたいな内容だと思う。それを個人が勝手にやっている。しかもこんなクソみたいな分断の時代に、分断の擬人化みたいだったギャラガー兄弟がだ。やっぱりすごいことだと思う。ギャラガーがつきたてたもちもちの人差し指と中指を灯台としてこの人生をやっていくからには、わたしもよく泣きよく怒りよく笑ってよく間違い失敗してそれでもいつも正直で誠実でありたい。そうやって生きていっていつか気づいたら「自分より大きなこと」ができるようになってたらいいな。
というのがわたしのライブの感想です。トイレに行くなら今ですよ。ここから先は自語りです。

「ロイヤル・アルバート・ホールなるゆで卵のどこか近くにある新星から出てきた僕たちは、ポールの太陽がジョンの星と交錯し、アイスクリームの手を握るのを見た。君のお目当ての相手は他の誰かと出ていってしまったけれど、誰かがカセットをかけたんでなんだかいい感じだった。暗闇を満たすその音楽は、100万マイルも彼方から聴こえてくるようでいて、君の心のすぐそばにあるように感じられたから」
95年の夏にP.H.氏によって書かれたMorning gloryのライナーノーツはoasisの音楽がどんなであるかを完璧に表現してみせたノーベル文学賞なみの名文である。読んで欲しいから載せちゃった。すまん。読んだやつは全員CDを買え。
これってかなり私(たち)の人生のお話だ。音楽が並走してくれないことにはどうしようもなく陰気で悲惨なわたし(たち)の人生はいつだってそうやってある日突然ひらけるのだから。
ロックンロールバンドのやつらの言うことだから本当は全部嘘かもしれない。かっこいいギターと耳障りのいい意味のわかんない言葉でご機嫌取りされて、なんかうやむやになってるだけかもしれない。救いのムードを帯びるほどの陽射し(つまりsunshiiiineである)でもって厭世的な思考回路を焼き切るのが不可能なのは完全に明らか、なぜならそんなものに救われるならわたし(たち)は今こんなみじめな悲しいばかりの人生を歩んでいないからである。でもありえないほどふてぶてしくて、その割に熱燗みたいにしみったれていて、しみったれているにも関わらず信じられないほど苛烈なsunshine、つまりは太陽と呼ばざるを得ない音楽がそのへんのラジオやTwitterのRTやTSUTAYAのCD棚やYouTubeのあなたへのおすすめや誰かがかけたカセットからバン!と流れ出し、どんな魔法かしらないが瞬く間にわたし(たち)をなんかいい感じにさせた。
少しの後に、生活における困り事やかなしいことをその眩しさで輪郭も残さず消失(実際は消えてないけれど、とにかくその瞬間は見えなくなったということが重要)させた。それくらいつよい。つよすぎてびっくりして息が止まって、そこではじめてもうずっと前から息をしてなかったことに気がついて苦しくなって、息を吐いたから吸わなきゃいけなくなった。そうやって呼吸の仕方を思い出した。「たぶん息がしたいだけ」と言われて、確かにそうだったような気がして……そうだったことにしたら急にひらけた人生を、ついに太陽の周回軌道上に乗せることに成功………
という感じでギャラガーで人生を回し、日々Twitterに怪文書をしたため、その間に全部で3回も転職し、ライブを見に行ってる間に大体5年くらいが過ぎ去った。
この5年のうち最近3年の間にネブワース(弟)と東京(兄)と韓国(兄)とマンチェスター(oasis)、東京(oasis)に行ったせいで預金残高は常に更地、いい年こいてこんな生活を強いられて本当に厳しいものがある。余談だが、金借りたぞ。オアシスで破産してもいい!これで心スッキリだ!とかマンチェで思ったんだけど、本当に破産や。ギャハハ!笑い事じゃない。結婚式の御祝儀と自分の予定に思いのほか金がかかりすぎて計算が狂って……でもボーナスで返した マジ、動悸したよ こんなことにはみんなはなっちゃダメだ
2023ねんの12月、東京でノエルのライブを見たあとに「水が10入るコップに、水が10入っていた」とTwitterにかいた。再結成がありえなさそうすぎる音楽だった。誰もが再結成しないんだと思っていた。そうしたらなんか、突然再結成してワロタ。
忘れないために書いておきたいな。朝、化粧してたらオアシスとリアムとノエルのTwitterが同じ時間に同じ動画を載せたこと。平日の午前中にTLが爆速だったこと。ソースがザ・サンであることにしがみつこうとするも、そのうちご立派な新聞までもが「再結成のリークあり。来年夏、でっかいスタジアムとかでツアーをやる模様」とツイートをおみまいし始め、それがRTで次々に流れてきたこと。むちゃくちゃ具合悪くなったこと。夜は寝れなかったこと。
朝、出勤するなり「再結成おめでとうございます!!チケット発売はいつ!?休みは何日取る?勿論渡英ですよね?また一人で行くんですか?てかいつどうやって和解したんですか?」と言われてウケちゃったこと。
「ここまで大騒ぎになって違ったらマヌケもいいとこだから、ギャラガーはオアシスをマヌケのバンドにすることだけは絶対にないから、今回はぜったい再結成なんですけど、正式発表今日の夕方なんです」ていう自分の言い草にワロてしまったこと。
休憩中、iPhone見たらそこにreunionめいたツイートを見つけてしまい、🫨になったこと。煙草に火つかなくて広義のリサリサ先生でワロタ(リサリサ先生タバコ逆だぜ) と思ったこと。
チケットの販売開始時間がきたとき、職場の偉いおじさんから「人生が変わってしまうようなことが起きているのに働いてる湿気さんをみて俺たちは一体どういう気持ちになればいいのか?ここまで来たら俺たちはあなたにオアシスを見てほしい、イギリスに行って欲しい。働いてる場合じゃないから早くチケットを取ってこい。」と言って仕事サボらせてくれたこと。
チケットマスターに耐えたあと残っていた選択肢は8万えんするマンチェスター16日(余談だが、7月16日は私の誕生日です。誕生日オアシスは叶わなかったけどオアシス見て帰国して誕生日むかえました。フォロワーと見れたし当日見るよりずっと嬉しかった。人生最高の誕プレありがとう)のチケットを買うか否かだった。が、わたしは前回の渡英で生活を完全に破壊していてマジのpoorなので、おおきなきんがく(今になって思えばはした金である。はした金なんかじゃ決してないのだが。だってトランペット買えるよ!?)にビビってしまい購入を諦めた。
「労働者階級の代表バンドなのにクソたっけえチケット買って金持ちのガキどもと見るoasisなんてこっちから願い下げです泣」と最悪な負け惜しみを胸に仕事に戻ると、「なんで買わないの!?」と、みんなが本当に頭を抱えて崩れ落ち、そこで初めてじわじわ悔しくなってきて、ちょっと泣いたこと。
後日フォロワーが声をかけてくれて、マンチェの初日を見れることになったこと。本当に本当にありがとう。本当にありがとう。そこで起きたことは前述した通り。
TOKYO VIVES IN THE AREAになった後、チューハイ飲みながら「湿気さんには絶対イギリスでライブ見て欲しかったから」と言ってくれた優しさが本当に本当に嬉しかった。このフォロワーはマジでいい人だ。ありがとう。
「この人はギャラガーにとんでもなく重いものを背負わせていて完全にどうかしてるのだが、それを自分も背負っていて、だから それでネブワースを見に行った。この人がイギリスでオアシス見れないのはダメ。おれの余りのチケットは湿気のためにあった」とか言ってくれて、マジ、すまねえ……(泣)だった。マジで冗談抜きにいつも迷惑をかけている。。かなり年下なのに。。。
マンチェスターのスーパーのド入口でフォロワーの名前を叫んで山形銀行の封筒に入れたお金をお渡しした。カオスだった。申し訳なかったけどとっても楽しい時間だった。本当に本当にありがとう。
ここから先は「ギャにどうかしているものを背負わせている」の、どうかしている、その件です。
なんの説明もなく 親友 という人が出てきますが、彼は私とケンカした夜に鬱こじらせて死んだともだちのことです。読んで欲しくて載せるわけじゃないんですが詳しいことはこれに書いたので、また書くとしおしおになるので書きません。
ねえルーシー 空に花はないみたいだね もっと上ならあるのかな - タール9mgニコチン1.0mgmizuironomizu.hatenadiary.jp
emotional dumpingもしくはtrauma dumpingていう英語を知りました。信頼関係がない相手にいきなり自分のトラウマや悩みの話をすることだそうです。わたしがやってることてなんらかの病み、もしくは闇、迷惑行為だろうなと思っていたら案の定そうでした。すみません。罪滅ぼしというかなんというかで、すてきな写真いっぱい貼っておきます。









ネブワースに行った時人生生き直すくらいの頑張りを対価として差し出した意識があるのだが、ことしの私はオアシスを見る対価(対価?)を持ち合わせている気がしなかった。もう本当にこのへんで終わりにしたかったのは本当のことなので、じゃあ…これくらいしか無いもんな…と親友をマンチェに捨ててくるつもりで渡英した。(花京院の「魂」も賭けよう。みたい)
のだが、捨てるとかは無理だった。6年ひきずってるわけなので出来るならもうとっくにやってるわけである。無理だったのだが、帰国してしばらくして、無理だったなあ……トホホ…と思いつつポッケ(概念)に手をつっこむと、そこに連れ帰ってきたはずのあいつがいなかった。ヒートンパークにいたときは確かにそばにいたはずなので、たぶんそのまま帰ってくる時に人混みに揉まれてどこかにうっかり落としてきている。マヌケ。
ふりかえるといつだって太宰治の「思案の敗北」みたいな景色が広がっている。つまり、友達が生前腰かけたままにやわらかく窪みを持ったクッションが、彼が死んでできた人影のないからっぽの冷い椅子が、暗闇の中、遠くの方でスポットライトに照らされて未だにぽつんと残っている。
親友から少しでいいから離れたかった結果死んだ、目を離したらどうなるかわかってるのに離れたらんならそれはもう殺したってことなので、そういう経緯があるので、「わたし」はどうあれ私の精神はこの椅子からなるべく遠く離れることを義務だと思っていて、なんでこうなるなんなんだこりゎ〜〜〜〜〜〜😡😡😡💢💢💢と頭を掻きむしりながら前もよく見ずに無茶苦茶に走り回ってきた。ポールがマリファナやって「早くジョンのそばに行って幸せにならなきゃ!」と思うやつの真逆である。早くあいつから離れて自分に殺人の罪を与えなきゃ!
あいつが死んでからの6年間それはもう本当に本当に本当につらかったけど、楽しいこともめちゃくちゃあった。この楽しいことは私が自分で見つけて大切にしてきた、私の頑張りの賜物のはずだった。私が自分で選んで自分で始めた死にものぐるいの選択のはずだった。
一種の誇りていうか、じぶんで人生をやっていけることを証明できるものだった。自分でやってきた、という気持ちがしてるからこそ私は今こんなに自信を持って生きてられてたのに、ある時後ろをふりかえって私の足元から続いているうねうねの舗装もされていない茶色い道を目で追ってみたら、楽しかった色んなことよりもっと向こうに椅子がぽつんと見えてきて、
それでふと、もしかしてこれって全部の始まりが椅子ってこと?全部あいつの死から始まってるってこと?と思った。どう考えてもそうですね
それならこれは私の選択なんじゃなくて、わたしは椅子から踊らされただけじゃね?としか思えず、ハチャメチャにショックだった。それに、私の中では今やあいつは死そのもの ていうかタナトス? になっているので、なんか、今の私があいつからおぎゃーと生まれたみたいなことになってしまったのもいやだった。
精神的な分離を目指してきたのに分離どころか私という存在が受胎していた。受胎とかさすがに何言ってんだろう?書いててよく分からなくなったけどとにもかくにもグロすぎた。殺しておいて生まれるな。傲慢ていうかグロい。もう私を一人にしてください。私の人生を私のものにさせてください。
ビートルズが歌ってる"きみは重荷を背負っていくんだ"ってこういうことなんだよな、といつも何度でも思っていたけどやっぱりそうだった。こんなことはいやなのに、どこかで何かを間違ったからもうどこに行っても詰んでるじゃん。だから私は、なんなんだこりゎ〜〜〜〜〜〜😡😡😡💢💢💢と頭を掻きむしることしかできない。けれど始めたことはせめて終わらせたくて、尊敬しているリアム・ギャラガーさんのように自分のケツを自分で拭きたくて、頭を掻きむしりながらとにかく選択につぐ選択をゴールも無しに走り続けてきた。
踊りたいなら踊ればよいのではなかったか?みんなやりたいようにやりたいからやってるのではなかったか?だからそうしたはずなのに、わたしはいくつ歳をとっても結局ぜんぜん囚われているということじゃないですか。おいノエル・ギャラガー。どうなってんだ話が違う。うそうそ、ノエルは悪くない。たぶん私も悪くない。一生懸命そのときやれることをやって来たらこうだっただけ。その時に戻ったってどうせ同じことをするはずだから後悔はないけれど、6年すごく楽しかったはずなのになんか猛烈に虚しかった。無駄なこととかないと思うから無駄という言葉は嫌いなのですが、6年も無駄にした!この時間って一体なんだったんだ!ていう気持ちがおしよせた。誰かを心の中に入れて大事にすることも避け続けた6年間、こんなのいい年こいて碇シンジとアスカを足して3で割ったみたいなもんで、それがすごく恥ずかしかった。
さてここで、高島鈴さんの著書、『布団の中から蜂起せよ』に収録されている、炎、死、女――『ピエタとトランジ』『マイ・ブロークン・マリコ』に寄せて という文章を抜粋します。
マイ・ブロークン・マリコという漫画への、高島さんによる書評です。私はこれをいつも心にしまっています。
(この漫画は女と女の話です。私の友達は男性ですが、彼にマイ・ブロークン・マリコという漫画のマリコを、そのダチのシイノにわたしを重ねています。ちなみに映画化しています。ある日マリコが自殺して、そのニュースを飯屋のテレビ見てて知ったシイノが、マリコの骨壷をクソ親父から奪って逃げて人生をぶち転がりにぶち転がる話です。)
「マリコの問題なんだとわかっていても、シイノは目の前にいたのに与えきれなかった自分がクソほど憎い。自分で救われてくれないマリコのことだって憎い。それはそれで傲慢で、身勝手な振る舞いなのだろう。でも考えざるを得ない。私はあなたに何ができたのか。」
「後悔をかき分けながら、それでもシイノが必死にマリコの声に耳を傾け、いないはずのマリコのための行動を必死に考えることを、誰一人にだって無意味だとは言わせたくない。考えてもみろよ、なんの公共性も得られなかった関係に、唯一何か「事実」みたいなものを残せるとしたら、もう弔いしかないのだ」
「なあシスター、私はいつもあなたがたに狂い、錯乱し、暴動を起こそうと呼びかけるけれど、やっぱりそれがきつくてしんどいことも知っている。本当なら狂わなくとも、錯乱せずとも、暴れずとも、思うがままに道を選び、死の影や骨を踏む音に怯えずに歩みを進められるなら、それは間違いなくよいことだし、そのようなことが可能になって初めて、同道できる他者は見違えるほどに増えてくるはずだ。(略)世界が遠のくことはとても愛らしいが、世界の側をこっちが引き寄せてやる腕力が欲しくて、そしてそれが叶わない無力さが、とてつもなく屈辱的なのだ。」
親友が死んだあとの気持ちを言葉にできないから他人の言葉を借りました。この言葉、この引用三つをずっと反復横跳びしてあたしの人生なんだったんだ?と思っていた。これがあのときわたし自身だった。そんなときオアシスとかいう太陽がどん詰まりにあらわれた。なんで私の気持ちしってんの?と思った。
オアシスの音楽にはsurviveのムードがある。わたしにとってのエンパワメントのひかりがある。泣いているし困っている、苦しんでいる。サラシ、舐められても頭は下げずに図々しくヘラヘラしている。
お前も俺と同じだろ、お前のそのむちゃくちゃな現実のクソみたいな理不尽!!と指をさされたみたいだった。
私はギャラガーの苦しみは知らないしギャラガーも私の苦しみをしらないのに、わかると言われた気になって、わかると言ったのがこの人達だからわかられるのがいやじゃなかった。出会って何日かなのに、いやじゃなかった。
ここから一歩も通さない、友達や家族でも通さない、手がかりになるのは薄い月明かりだけだった 時々なりたくもないのに暗ーくなってしまう私はオアシスとかいうクソでかい太陽から照射照射照射!されて、焼かれて、全然嫌じゃないのがなにより無遠慮な昔からのともだちみたいだった。
猛烈な罪悪感をかんじてるときにoasisだけはわたしにやさしくしてくれることを許せた。 逆を言うと他の全ては許可できなかった。だからto be or not to beの哲学を降り、陰気で苛烈にI need to be myselfすることだけが解決策になった。
oasisて変なバンドで、わたしたちのどうにもならない困りごとの数々を、(この時代において、彼らには申し訳ないことだが ある時はちょっと迷惑なほどに)マンチェスターの労働者階級のプライドを翻しながら「おめでとう。How does it feel when you inside me?て言ってあげような(笑)」とタチの悪いにやけ顔で言ってくれる。むちゃくちゃな現実の理不尽の中で、「これで俺とおなじ気持ちになったな。それで、いま、どんな気分?(笑)」と肩を組んで笑ってくれる。他の奴らには見えないものが見えるからこそ乾杯しようぜと言って仲間に入れてくれる。
だからoasisの音楽は私にとってエンパワメントだ。オアシスの音楽はわたしにとってそのニヒルさ、その連帯、痛みによって変形させられた人生を自分のものとして取り返す方法を提示するもの、覚悟と船出およびその結果である現在の人生を祝福してくれるものだったのだ。
喪失にお上手なケリをつけられるひとは上手にやったらよろしいが、やれないから私はいくらでも狂って暴れる。やりたくてやってるわけじゃない。これしか生きるすべがないからやっただけ。選べないからうやむやにただ流れていくということの中にあって、それでもそれを「選ぶ」と呼ぶことにした私とそういう生き方を本当にマジでマジのがんばりだったと誇りに思っている。
いっておくけど同情が欲しくて可哀想とかその他とか思われたくてこれ書いているわけでは無い。勘違いしたら縄で縛って車につないで砂利道引きずってやる。6年前、つらいけど死ねないからクソッタレ〜〜〜〜〜!!!!!!と暴れて書くことを始めただけ。泣いたら最後もう生きてけないからマジのクソ怒りで怒り散らすことにしただけ。忘れられていく友達のかけらをこの世にずっと残したいから書いただけ。私は「友達が死んだことを自分のアイデンティティにしている人」じゃない。私は私になりたくて書くしかないから書いていただけ。それをもう終わりにしたいから今書いてるだけ。
苦しみが私なんじゃなく、苦しみのあとにある私が私。わたしは悲しくてただ泣いてATフィールド全開にしてせかいの美しさに背を向ける小娘、小ガキではないマジでない。私は狂った大人である。
本当はこんなクソ長い文章書くつもりなかった。もう書くことなしで生きていけるようになったから。でも始めたことはケツまでしっかり終わらせたいから書いている。言うなればこれは明るいお葬式
マンチェスターのヒートンパークに愛とか平和が溢れていて嬉しかった。ぜんぜんしらない人たちが日々の暮らしを生きてあの日を迎えてわくわくしながら集まってきて、ぜんぜんしらない人たちと、ぜんぜんしらない人たちの喜びを喜び合えるのが嬉しかった。
一緒に見てくれたフォロワーも、おそろのadidasコーデで踊り続けてるかっこいいカップルらしきも、ビール持ってサングラスかけて一人で来てた普段着のおじさんも、肩組めポズナンしろ!と言われた時にバカ広いこうえんの人混みの中たった3人ぽっちでいたら、こっちの輪にくわわりなと呼んでくれた緑の服の姉さんも、みんなの人生をoasisの音楽が祝福していてすごかった。みんなというのは手を繋いでハグして楽しそうなギャラガーのことすら含む。
30年前うまれたはずの音楽がたった今生まれたかのようだった。何年も何年も経ったあとに現れるいちばん最初の輝きで、彼らを祝福してしまっていた。後述するけれど未来に進んでから見る過去は新しく出会う過去なのだ。 こんなことが可能になる音楽の「強度」(?)って一体なんなんだろう。しかも自分たちで演奏してそれを起こしているのだ。私も楽器をやっているからちょっと考えても果てしなく意味がわかんないことがわかるのだが、ほんとうに、こんなことって、意味がわからない。どれくらい誠実にいきたらそんなことになるんだろう。分かんないけどものすごくすごかった。多幸感、とよくいわれるけれど多幸感としか言いようがなかった。
iPhoneケースに友達ととった自撮りのチェキを入れて持っていった。Maybe I don't really wanna know How your garden grows 'Cause I just wanna flyて歌いながらそのチェキを衝動的に指さしたとき、まじでおめーのお庭の具合(つまり彼の今の人生。もう死んでるけど!)には1ミリたりとも興味がない!となぜか思った。思いたくても思えなかったのに、なんでかわからんが思った。こんな自然な人生のページのめくり方があったのかと驚いた。スライダウェ~を歌いながら、もうこれは私の曲じゃないと思った。同じ写真を見て何度も泣いたけど、その間に(ほんとうに)地球をぐるぐるまわってともだちが死んだ日からわたしはすごく遠いところまで来たと思った。
ある日気になって調べたら、googleマップだと私のアパートからロンドンまでは直線距離で13,511kmあるらしい。ネブワースも行ってるからこの往復を×2回。今回はマンチェにも行ってるし、そもそも福岡香港トランジットだからたぶんじっさいはもっと距離がある。前回はアブダビトランジットだ。韓国にも東京にも行った。全部の移動距離をだいたいで合計すると、スポットライトのしたにある親友のからっぽの椅子から、今日まで少なくとも54,044km移動した。地球は1周40,075kmなのでとっくの昔にoasisと一緒に地球一周分の旅をした。
あいつが死んだ日から0kmのところで考えてたことと54,044km地点とでは何もかもが違って見えている。色んなところで色んな人と話して、色んなことを考えた。私という人間のものさしの目盛りは時間を経る後に細かくなった。だから同じ写真見て泣いても、それは新しい私がその時新たに悲しんだ悲しさだと思った。だから未来に進んでから見る過去は新しく出会う過去なんだと思った。わたしはなんどでも新しく出会ったあいつに話しかけていたんだと思った。
アレン・ギンズバーグの詩 (Another lover hits the universe. The circle is broken. But with death comes rebirth.And like all lovers and sad people, I am a poet. 愛する者は宇宙へ旅立った。輪は破壊された。そして死は復活する。全ての苦しむ人と愛する人と同様、私は詩人である)の意味がちょっと分かった気になった。その後でI don't know I don't care All I know is you can take me thereて歌ったら、なんかもう、このうねうねの逃避行の始まりが友達でもべつに構わないと思った。理由とかは無い。そういうもんだったんだな となんか凪いだ。そう認めた。もし理由があるとしたら、オアシスが目の前にいるのに親友を見つめているのがどうしてももったいなくて、一瞬の間ものすごく迷って、iPhoneを手放してただただでかい声で歌った、親友を見続けることをあきらめたことなんだと思う。認めるって、認めようと思って認めるもんじゃないんだな。
自分の選択を自分で祝福して生きていたい。でも「そんなふうに生きられるのは全部俺のおかげなのに、自分だけなんのつもり?湿気は俺をおいてくの?湿気が捨てたから俺は死んだのに?結局俺の事しか好きじゃないくせに?」と骨になった罪悪感がともだちの声でぱきぱき喋る。でももう、「お互いに平等に責任を握りしめて生きる覚悟」を決められなかった友達へのかなしみを諦めようと思う。続けたかった日があって、もう去った。それが遠ざかっていくのをじっと目で追って、振り返るまで追って、そこで私は何度も泣いて何度も怒った。
死んでもそばにいて欲しくて、死ぬことにした友達の選択を、その責任を奪って私が与えた結果にしたかった。さびしいから、怖くて悲しくて時間が戻って欲しくて、謝りたいから、あいつが死んだことを私のせいにしたかった。あいつを焼いた葬儀場の炎が私だったらよかった。わたしは炎になりたくて、そういう風に生きることに 言語化出来ないままそうしてきた。私に救われてくれなかった憎いあいつがずっと見続けた炎、私であって欲しかったその炎を私自身にしようとした。親友じゃなくて彼の死だけがそばにいるままならない私が唯一意のままに操れる炎がほしかった。死なれるくらいならあの日首絞めとけばよかったと本気で思うから私は炎になりたかった。昔あいつが「湿気のホルンは火星の音がする、戦いの炎の星の音」て言ってくれたのがめちゃくちゃ嬉しくて、時間は私を変えていくけど、あいつをあの日に取り残していくけど、私は炎が消えないでほしくて、ムカついて怖くてたまらなかった。でももう瞳を閉じたい。ここにずっと留まれなかったものを見続けるのをやめようと思う。きみの選択はきみだけのものだ。
怒りみたいな寂しさと不安のふりをした罪悪感をどうにかする方法を音楽や映画に探したけれど、歌いのめす以外の方法が頼りになりそうな雰囲気はない。「唇に歌を、心に太陽を」というのはドイツの詩人の言葉だけれど、わたしにできる残されたことって結局のところそれだった。悲しいから歌うのだ。泣いているから疲れ果てても歩くのだ。瞳を閉じたらひらくのだ。あいつはもう待ってなくていいし、私ももう待たなくていい。これは罪だとおもうけど、逃げるわけじゃない言い訳じゃない。償いでもない。弔いでもない。理由は分からない。でもできることって真正面からただこれだけしかない。それ以外がわからない。
地に足をつけながら遠くに逃げて、地に足をつけながら見果てぬ夢を見て、美しく自由な世界への憧れを遠い遠い海岸線に投げかけて今日までやってきた。地に足をつけながらもっともっと遠くに行って、何度もちゃんと帰ってきたい。昔は行った先で死にたいと思ってたけどもうそんなことは思わない。ごうごう燃えた後におだやかになれた。これはあいつがくれた一番素敵なこと。たぶんそうだと思う。
捨てたからには離れなきゃと物理で距離を取り続けるわたしがついに海を越えたところですてきな街並みを見せてくれる。親切とハグとキスをくれて、車とライターを貸してくれる人に出会わせてくれた、明るい世界を見せてくれた。太陽の光は悪いもんじゃないと思わせてくれた。自分の形を確かめにいって、出かけたからにはそのたびにちゃんと帰ってきたい。こんなふうに思うようになるなんて、人生はなんて、なんて意味が不明なんだろう。
イギリスは夜になっても明るくて経度の違いがよくわかる。空の高いところがみずいろで、低いところがきいろっぽくて、whateverのジャケットみたいで大好きだった。友達もここで自由になってほしいから、うっかり落としてきたのが絶対にヒートンパークでありますように。自由をあげたい。遅すぎてもあげたい。不安でも支配でも心配でも暴力でもなく自由を遅すぎるとしてもあげたい。命令じゃなくて、コントロールじゃなくて、たのむから言うこと聞けよと思うんじゃなく、自分の意思で、許し難いすべてをゆるすことを信じてくれることだけただ祈りたい。大好きだから私が好きな黄金色の自由をあげたい。上手にできなかったけど、あいつが生きていつか自由になれることを、生きてともだちしてた9年間、誰よりも願っていたのはぜったいに私だと思うから。あーでもどうしたらいいかわかんない。やさしくしたい。間違ってるかもしれないけど、これ以外わかんないよ。これであってるのかな。わかんないよ。わらうことをやめないで。幸せになることをやめないで。怠惰な日々と陽の光が家に帰らせてくれるから、人生の一欠片を手に取って夜を遠ざけてもいいんだよ。そうしたっていいって、わたしはオアシスから教えてもらった。だから一番好きなあいつにもあげたい。だって私たち一緒に楽器ふいて生きてきたから。

Morning gloryのブックレットの最後の方の文が好き。
「最後にはすっかり夢中になって、君はもう一度最初からスタートする。もう君はひとりぼっちじゃないんだから。みんなは仕事に行ってしまったから、きみは家に帰る事ができる」
どういう意味なんだろう。夜通し働いてるってこと?帰りたくない家から逃げて、夜通しどこかで過ごして、朝になったら家にいる会いたくない人が仕事に行ってくれるからようやく家に帰れるってこと?Slowly walking down the hall Faster than a cannonballくらいなんのことか分からない。でもわたしにはわかる。
その気になれば、椅子からも、彗星の尾みたいに掠れた光、音のしずくが落ちる場所が見えるだろう。だって鳴らしているのがoasisだから、この世にはないほど遠い場所でもそこまで届かないはずがない。くだらない高校時代のファッキンマジすぎた3年間、一緒に人生の全てみたいに楽器吹きながら、毎日毎日音のしずく、残響の最後のひとしずくが落ちて静寂が来る瞬間を探しあっていた親友だから、だってホルンクソうま音楽狂人のこのあたしの親友なんだから、ヒートンパークにいようが月の裏側のダークサイドにいようが、マンチェスターから押し寄せた彗星の尾のしずくを聞き分けられないはずがない。だからもしほんものを見たければいつでも見せてあげる。だからいつても呼んでほしい。でももう本当に、一生の先まであいつになにかを伝えることってもうマジでできねえのだ。死ぬということが難しすぎてそれにこの間初めて気づいた。
そういうわけなので、私はともだちを捨てることに成功した。これからは本当に一人で生きていくんだと思った。ちょっとびっくりするくらい寂しかったけど、その後すぐに、ずっと一人でやってきたつもりだったけど、実は親友と二人で人生をやっていってたことに気づいた。
昨日までだったら、だからなんでこうなる〜〜!!!!あたしは一人でやっていけるようになりたかったのに!!!!!!と受け入れがたくて泣いてたと思う。でも今はもう、「まあ、そういうもんだろうしな」と、そんなもんである。
あーこんなことならもっと気ままな2人旅を楽しんでおけばよかった。入学と同時に卒業したみたいな気分。これからは本当に一人の人生が始まる。寂しいけど寂しいだけ。
「ブルースってのはどうにもならない困り事」というのはカウボーイビバップに出てくるセリフだけれど、わたしはその気になればブルースだって歌える。しなくてもいい経験をした私たちには他の奴らが見えないものが見える。生きていく覚悟が私はできてる。だったらどうせなら永遠に生き続けよう。自分への鼓舞であって、昔の私と昔の私の手をひっぱってくれたオアシスへの返答であって、名前も知らない同じような誰かへの連帯だ。リアムがlive foreverを捧げたのは「今ここにいない人たち」だった。わたしにとってこれは目を閉じた世界でだけ会える今ここにはいないともだちへの約束だ。
持ってったマラカスとタンバリン、みんなとシャカシャカできて嬉しかった。これが復活、これが生だ。からっぽの椅子のずっと未来に、広いこうえんの原っぱがあった。誰も彼もがリアムみたいな格好をして、ビールを片手に歌っている。肩車されてる人がいて、ピンクや青の煙が上がって、遠くの人混みの頭の上を小さいビニールのボールが転がってネブワースみたいだったような気がする。気がするけどどうだったかな。なんにも覚えてないからわかんない。でかいステージでわたしの大好きなひとたちが歌ってた。みんなは仕事に行ってしまったから、わたしはようやく家に帰る事ができた。舗装されていない茶色のうねうねの道、わたしがわたしになっていった道。ここは95年の夏と地続き。ここに立っていられて嬉しい。絶対に忘れない。
チケットくれたフォロワー、ライブ一緒に見てくれたフォロワー、本当にありがとう。
バターシー発電所の近くの駅でたすけてくれた韓国からの留学生の一歳年上のお兄さん(あなたは私のヒョン、そうでないなら神です と言ったら困ってた ごめん)と、ピカデリーからバーネイジへの行き帰りで会った駅員さん(彼が8月に行くと言ってたウェンブリーでのライブを楽しめていますように!)
スウィントン駅で車だしてくれたお姉さん。ライブの治安絶対やばいよ。本当に気をつけてね…もし困ったことがあったらいつでも連絡してと言ってハグして電話番号くれて、世界で一番すばらしいひとだった。私もあんな人になりたい。
買い物行くけど一緒に行く?といってなんやかんや日が暮れるまでずーっとおしゃべりしたオリヴァーとパブの大人たち。
わたしの服見て 👍してくれた同室のグラサンドレッドの兄さん。adidasコラボロンT着たあと、隣のベッドの2階に寝てて思わず目が合って、お互いの服を見てほほえみあってしまった水色タンバリンTシャツの少年。
翌日駅のホームで路線教えてくれた中国に旅行にいくカップル。彼らとは偶然マンチェの空港でも会った。一緒に保安検査受けに行かない?と言われて、半泣きで「私はまだいいです、この街が好きだから、もう少し景色を見てから帰る……」と答えた。怪訝な顔されてワロタ。そんな目で見んなよ。丸一日かけてクソ遠い日本に帰んだよ!いいよな あたしもイギリスに、マンチェに住みてえよ。こんなにもここが好きなのになんであたしの家は日本にあるの なんであたしは帰んなきゃいけないの😭
飛行機の時間ギリギリまでバス乗り場で煙草吸いながら、ヒジャブの女性二人が楽しそうにおしゃべりするのを、たぶんホームレスのおじさんが袋いっぱいの荷物もってるのを、木々の緑がめちゃくちゃ綺麗で空が青いのを、向こうからバスがたくさん走ってくるのを見ながら泣いた。マンチェスターがめちゃくちゃ好きになっていた。みんな本当にどうもありがとう。絶対に忘れたくない。
東京チケット分けてくれたフォロワーほんとにほんとにありがとう。家にチケット送らせてしまってほんとにもうしわけなかった。フォロワーにいいことがたくさんたくさん降り注ぎますように!!東京vives in the area後に一緒に大騒ぎしたフォロワー、もう顔見知りのみんな。「ギャラガー、キスしてた!」「やったー!!」て大人数で飛び跳ねて喜んだの意味わかんなくて面白かった。翌日ご飯食べに行って宮下パークでMVカラオケしたマブ。私が入ってる楽団の演奏会を山形まで聞きにきてくれて焼肉くって朝まで五月雨のようなお喋りした大好きフォロワー!(何もないとこだけどまたきてね)みんな本当にありがとう。またライブで会おうね。
さっきは 私はこれから一人で生きていくて言ったけど、ぜんぜん一人じゃなかったな〜。もう二度と会えないんであろう名前も知らない人がいて、でもきっとすぐまた会う人がいる。まあその人たちの名前とかひとりも知らないわけだが。そんなことは些細な問題なので、わたしたちきっとlive foreverしようね。いつか次また会うときもそこに愛がありますように。
これがわたしの2025年oasisの旅。ハッチを開けろ!ドアを開けろ!なんかを回していけ!何を回すのか?そんなの言わなくたってわかるよね。人生をどうにかしたいなら自分でやるしかない。厳しいことだけど、この気ままな旅を楽しんでいこう。どこにたどり着くかじゃなくて、車窓から見える景色を楽しもう。ビビって二の足を踏んでてももうすでに遠くの方から公営住宅が心の底から歌ってるのが聞こえてきちゃっているから、そうとなったらもう回して転がしていこう。陽はもうすっかり高く上がってピンク色に燃え、足は地面から浮き上がり、新しい道が目の前に開けてきちゃってるのなら、これを自分のマジックミステリーツアーだと定めよう。そしてそれを転がしていこう。そうすることに決めて、ゆるしても良いのだ。だってそうでしょう。遅ればせながらわたくしも、そう思えるようになりました。寿命を勘定して平穏に暴れて暮らしたい。地図もなしに初めて歩く人生だからこれから何度も迷うだろう。だけどそんなのもんだいない。失敗なんかじゃ全然ない。行ってダメなら戻ればいい。自分で歩いていく過程なんだから何回でもいっぱい間違いたい。間違ってももんだいない。ここがステージの上だろうが下だろうがイギリスだろうがそうじゃなかろうが関係ないしもんだいない。だって私もあなたも歌をうたえるんだから。そうだよね?

Sail on
あと数分で20代が終わろうとしている。特に感慨のようなものはなかったんだけど、さっき突如、運転しながら知らない道に迷い込んで、その光景で何となくイギリスのよるのみちをおもいだして、その時車で聞いてた96年のネブワースのChampagne supernovaを聞いてたら急に感傷的な気分になってこれを書いている。
もうすぐ生き始めて30年になるけど、自分で生きてるって言えるのはここ6年間だな〜といつも思う。24歳の5月に親友が死んで(詳しくは過去ブログ参照)、のたうち回りながら生きてきた。その間に出会ったTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT、オアシス、色んな映画。ODでうっかり気絶したり、ニート1年したり、転職3回したこと。気づいたらイギリスに飛びネブワースにいたこと、東京でノエルをみたこと、10日後は韓国でノエルを見ること、全部私が選んだものたち。私がつらい時に私に会ってくれたものたち。これらを私の人生の大切な一部と呼べることがとっても嬉しい。
昨日と今日と明日、それ以上昔や未来のこと、全部ただの時間の連続だと思っている。5年前保育士をしていた頃は何もかもが辛くて、その日を生き延びることで必死だった。時間が繋がっていないから、ある意味これもその日暮らしだと思いながら、毎日は繋がらない時間の辻褄合わせのためにあった。死にたいのに、残されるひとの苦しみを周りの人に味合わせたくなくて仕方なく生きていた。それが何より辛かったのだけれど、今はちゃんと昨日と今日と明日が繋がっている。
高校を卒業して大学にはいる時、3月が終わるその瞬間に親友と、これからも友達でいようね〜みたいなメールをしていた。親友と違って夢もやりたいことも何もなく、自虐と諦めで「あたしはここでなんかしてるから」と言ったことをずっと覚えている。
人に誇れるようなことは何もないし、頭も良くないし、効率も良くないしただ毎日なんかしてるだけだけど、私はそういう私のことがいますごく好き。
私の背中はもうずっと2019年の5月の子供部屋からみたクソみたいな夕焼けに照らされ続けて焼け焦げているけど、本当は本当に遠くに行きたいのにここでまだ生きているからこそ、海の向こうにはお仲間がいるかもって自由で優しい夢を見て、遠くに遠くに行ってはそのたび悪態付きながらちゃんとここに帰ってきたい。
30〜50年前のCDをかけたときも、死んだ友達のことを思った時も、「おれは選んだ 湿気はどうする?」と言われているような気がしている。
何をどうしたいのかは結局昔から分かっていて、今それが全部できていることが嬉しいです。
新しい時代を生きていく若者として、こうなって欲しいならみたいなことが沢山ある。ガザの虐殺はいますぐ終わるべきだし、たとえば日本も早く同性婚出来るようにうちら選挙ちゃんといこーね!
しなくていい経験をした20代だったなあ!私の20代は2010年代最高の陽気で悲惨な青春映画だった。「何かが起きるのをじっと待ってるだけの、(とっくに何かが起きてるってことに気づいていない)物思いに耽った顔のトレインスポッティング」だった。本当に無駄に無駄に無駄に苦しんでしまって、友達を死なせる(本当は殺したと思っているんだけど)なんてそんなこと経験しなくてもよかったはずなのに。でもノエルが自分の子供時代のことを、「おれは経験しなくてもいいことを経験をした」と話しているのを見た時に、なんか、ノエルには違うだろと言われると思うけど、1mmくらいお揃いじゃん!と思った。わたしはノエルがだいすきだから明日からも人生をやっていきたい。明日もちゃんと意志を持って選びたい。
楽しみだ あんたとおなじ人生だ!生きるのって痛いことばっかりだったけど、自分の失敗も後悔も自分だけのものだから誇らしい。大人になっても生きるのは辛いぞって大きな声で言いたい。でも人生を自分の意思でやっていくのは本当に本当に楽しすぎ。一生見つからない答えはある。人生は高笑いして死ぬ以外術がない。エンドロールのあとも続く人生を死ぬまでマッハで駆け抜けたい。ビューティフルに生きたい。美しさというのは生きる姿勢の確かさだ。生きる姿勢の確かさというのは、燃え尽きて鮮烈な焦げ跡を残すより、色褪せるまで少しづつ賢くなり続けたい向上心と諦めだ。私の前に道はなく、後ろにも道は無いになりたい 毎日今日からちゃんとしたいからちゃんと悔いなくやっている。電話一本で呼び出されるような安い人間じゃないけど。
感傷的な気分になったのは96年のChampagne supernova聞きながら22年のネブワースを思い出したから。何でもできるって分からせてくれたリアムの声が、なんかこれからも、私の道標であり、ただのなんでもない人間の誇らしさを歌ってくれてるなあと勝手なことを思ったから。親友は24歳のまま、ついにあたしは30歳になっちゃうなあと思ったから。
良くも悪くも何もかもが変わってしまったなあ!でも、叩き潰されてぐちゃぐちゃになった私の心の形がとても好き。怒りで振り返らないことはとても難しいけど、🆖も「人生に噛み砕かれて吐き出されて毎日自由になれることを夢みて目を覚ますんだろ もういかなきゃ」て言ってたから、失敗だらけで泣き虫の私を愛して生きていく。
だってマックで漢文やりながら黄色が好きって言ってたじゃん(はっぴーばーすでー)
友達の誕生日によせた短歌です。
思えばこの4年私は人間のかたちをした濁流とかになっていたんだけど、このたび濁流に自我がうまれて、4年も濁流として色んなものをやり過ごしてしまったことに気づいて愕然としました。濁流から停滞して濁った水になってました。
故人の誕生日祝うのとかもうやめよう 普通にしていこう それが普通だし とか思ったんだけど、祝わないよう気をつけることが余計に不在を感じる原因になってここ1.5ヶ月くらい心めちゃくちゃでした。濁流をしているとこうやってものすごい速さと力で月日が流れて過ぎ去っていきます。
誕生日おめでとう。4年経っても誕生日おめでとうの続きをなんて言ったらいいかわかんない。きっと来年も言葉がないんだろうな。ブエノスアイレスのレスリー・チャンみたいなどうしようもねえのにかわいいやつだよね て思って、美化えぐくて笑うしかなかった。いや嘘 あの映画見てる最中もどういうつもりでこれ勧めたの?ておもうくらいそっくりだなとおもってました。

だって黄色が好きって言ってたじゃん(はっぴーばーすでー)
遠い日にきみも見ていたかもしれない雪や失意を撫でる かわいい
大切にしたかったのに粉砂糖おゆに溶かして冷える束の間の
思い出とゲロを流せば浄水場きみらにどんなか教えてあげれる
言葉にはできないきみをひとかけら分けてもいいと思われたくて
絞殺のシミュレーション中かわいさで手元が狂い抱きしめるバグ
忘れたと気がつく度に花びらを降らせてあげる すてきな復讐
もう呼ばない名前に家を建て暮らすファイト・クラブの掟のように
勇敢なヴァニラアイスを2個くださいリボンはきいろでお願いします
あいさつもそこそこに
「ねえルーシー空に花はないみたいだねもっと上ならあるのかな」という記事を少し前に書きましたが、これは「あるのかな?」て尋ねたい友達についての短歌です。悲しいのとか痛いのとかよりさみしいのを我慢するのが一番つらくて難しいね。
あいさつもそこそこに/湿気
辻褄を合わせられない夜が明けて空はうすむらさきのあじさゐ
電気消し潜るバスタブこのおゆはいつかどこかで海だったもの
彗星の尾がふりまいた星くずで失明するのと似ている五月
太陽がぎらぎら昇る地獄にて我がhopeきみにご覧入れよう
望み通りきみは音符になったらしい音楽をやればやるほどさびしい
今日あった全部のことを教えたいこれが負けならそうなんだろう
凹凸を無理に馴染ませ我々がヘミオラだった鬱くしき日々
エントロピー増大してるゆくゆくは全部元通りになるらしい
どこにでもいるとどこにもいないの∩のところにずっと置いてある椅子
「これじゃまるでバラ色の日々台無しにするならちゃんと」の続きわかるね
きみを泣かせた砂糖菓子ピストルにこめてわたしの実弾とする
透明な軌道を進むから涙止めずにひねるお風呂の蛇口
5years!まあ歌うでしょ来年は地球に落ちてくるとかはどう
えー、ごほん。本日はお日柄もよく、輩のバイクも静かに走り、
燃ゆる女の肖像をみました。心がめちゃくちゃです。後悔するより思い出してほしいとか眠ってほしくない(もしくは眠ってほしい)て、自分の人生を振り返ると覚えのある気持ちで、めちゃくちゃ大好きだったことが証明されちゃった気持ちになったのも心めちゃくちゃの原因の一つである。鳴ってる海は叫べない寂しさと怒りと諦めと愛を飲み込んでいる。言葉にさせてもらえない言葉たち。抑圧のせいかもしれないし、言葉にする無意味さに口を閉ざしてしまったからかもしれないし、抵抗の手段かもしれないし、全部を覚えておく手段かもしれない。そうであったらいいなておもった。一生苦しむとしても消えない炎がある人生でずっといたい。わたしの消えない炎と言い切れる人がいてよかった。本の表紙を撫でて、それでも人生をやっていきたい。逃げられなくても逃げながらここに存在していたい。他人から見れば子供用の狭いプールに浮いてるのと何も変わらなくても、それを本物の海だと私は言うから、本物の海を知っているなりの生き方がしたい。いつかそれが本棚のどれかの本の28ページに隠されていてほしい。誰からも読まれないのだとしても、誰からも読まれないからこそ。
ねえルーシー 空に花はないみたいだね もっと上ならあるのかな
タイトルは旅行の間つけていた日記に書いてあった言葉です。飛行機に乗っているとき窓の外を見ながら書きました。ミッシェルを聞いてたので。
OASISとわたし、みたいな、他人の人生の話を読んでも大丈夫な人だけ読んでください

2022年6月3日、私はリアム・ギャラガーのライブを見ていた。イギリスの、ネブワースという、なんか城("城"?意味わからん)の庭で、8万人の観客の中の一人として!やったーーーーー!!!嬉しい!!!!!!
周りの友達や、職場で私の連休の本当の理由(適当に嘘ついて5連休をもぎとりました)を知る数少ない人達から「どうでしたか?」と聞かれるたびに、私は「バカみたいなこと言うけど……夢みたいだった!」と満面の笑みで答えた。だって仕方ない。ほんとに夢みたいだったのだ。
YouTubeで何回も見た過去のライブの映像と同じように、あの態度であの歩き方で、あの歌い方であの顔で(!)、あのリアム・ギャラガーが歌うのだ。知ってる声で、知ってる歌を、まじのリアム・ギャラガーが歌うのだ。あの場所でリアムを初めて見た人はきっと、「すげえ!リアムって実在してるらしい!!!!」て、少なくとも1回くらいは思ったに違いない。そうして後で「ほんとうのことだったのか……?」て思いながらカメラロールを見返すのだ。
大学の卒業旅行で友達がハマっていたヴィジュアル系のバンドのライブを見に横浜のどっかの小さいライブハウスに行った経験しかない私には、あんなに広くてなんかふつうに外のところに、あんなにたくさんの人達が集まってYouTubeで見たみたいにさまいせ〜て大声で歌ってることが、その中に自分もいることが、夢みたいだった。
初めてライブに行ったようなもんのほよほよの赤ちゃんなのに、海外の背の高い何喋ってるかもようわからん奴らのモッシュに巻き込まれて腕折れる泣もう嫌だ泣早く終われ泣て思ったことが、なんかもう、笑っちゃうくらい現実感がないのだ。
幸運なことに前から2列目らへんを陣取ることができたんだけど、これまで生きてきて見たことのない数並んでるアンプなのかスピーカーなのかよう分からんがから繰り出される経験したことのないレベルの低音のズンズンに吹っ飛ばされるかと思ったことが、なんかそれが「すげえ『まじ』だ……」て感じだったのだ。
リアムがステージに出てくるなりI am he as You are he as You are me and we are all together!みたいなことを言ってて、セイウチだ!!!!になった瞬間以外は訛りすぎててまじで一ミリも何言ってるかわかんなかったのも、リアムってまじで訛ってるんだ!動画で見るのと同じじゃん!て感じで、ほんとにこれは現実か?てなった。




最高だった。最高で最強で、わたしの、わたしたちのロックンロールスターは世界で一番かっこよかった。これはギャラガー兄弟に共通していることだと思うけど、生きる姿勢の苛烈さ・正直さというのはこんなにも人を美しくするのかと思って、なんかもうすごいすごくて、超かっこよかった。私はリアムのことを超絶かっこいいうちらの憧れであるとともに末っ子根性丸出しの問題児だとも思っている節がどうしてもあるんだけど、リアム・ギャラガーさんはプロだった。正真正銘かっこいい大人だった。彼が「今夜俺はロックンロールスターだ」と数人の観客を前に歌い出した瞬間から今までずっと「ロックンロール・スター」であり続けてくれているんだと思ったら、なんつう誠実な男だよ……泣と思って、社会人をして5だか6年だかそのくらいの時間が経っているにも関わらずへらへらふらふらしている私などは彼の真面目さを尊敬してしまいました。(そうかあ〜??????て、過去のリアムの言動を思い出して心の底から思うは思うんだけど、会場ではあちこちでマリファナみたいなんを吸ってる奴らがいたので、私がハイになっていたのだとしても仕方がありません。マリファナに副流煙みたいなもんがあるのかは知らんし、どうでもいい)
リアムがマイクの前でマラカスをシャカシャカするのが聞こえたときにたまらん気持ちになった。なんかまじで、「うわっ……リアムがマラカスシャカシャカしてる…………」て思ったら世界の時間の流れが遅くなった。多分あれは福音とかそういうものとして捉えていたし、後からその動画を見て「この世界の王様になってほしい……」とか思った。



ここから先は自分語りなので読まなくていいです。
後になって思えば、これは私にとって27歳の人生をかけた「ひとりでできるもん!」だったのだ。
オアシスを知ったのはたぶん大体2年と少し前くらいである。このころの私は親友の自殺に対する自責の念、鬱病のおつらみ、そこに仕事が全然うまくいかないなあみたいなやつが加わって、それはそれはTo be or not to beをこじらせていた。「35年の俺の人生はまるで弾切れの銃だ」と言うセリフが好きな映画にあるのだが、まさにそこに向かっているだけだった。
私には大好きな親友がいた。(今なら、「いた」と過去形を使うことだってできる。これはかなりすごいことだ)こいつだったら目に入れても痛いだろうけど別にいいかもしれない、、、と本気で思う程度には甘やかしていたし、ムカついてもいたし、こいつ絶対天才だよなーて思っていて、実はこっそり憧れていて、面白くてセンスがばか程よくて頭が良くて変で、友達でいるのを自慢に思っちゃうようなやつだった。
「お前の中に雨が降るなら私は傘を閉じて濡れていけるから(※恋は桃色より引用)」というド級の謎文句を言って、あいつがそれに満足してたぶん生きる拠り所みたいなものにしていたくらい、私たちは友達という肩書きのまま人間関係のよくわからない深くて重い沼の中にいた。本当に、大切で大好きだっただけなのだ。悲しくて辛くて足が止まってもう無理だと泣くのなら、隣でタバコとか吸って、馬鹿話をして笑わせて一緒に立ち止まっていたいだけだった。でも最後は喧嘩別れだった。人間関係ていうか、愛と憎しみというものは複雑なのだ。ギャラガーを見ている人ならそれをわかってくれるでしょう。たぶん絶対、8割くらいの確率で、私を理由にしてあいつは死んだ。あいつの死因の8割は、あいつがわたしと毒みたいな数年を過ごしたことが原因なのだ。悲しいけど。
オアシスを知ったのはそのころだった。グチャグチャのベチャベチャで、正気を守る為に風邪薬を大量に飲み正気を失って出勤していたころ、「このwonderwallというのは聞くところによるとヤク中でなんかどうしようもないオアシスというバンドのやつらの曲で、作ったのはノエル・ギャラガーで、歌ってるのがリアム・ギャラガーという人らしい」になった。和訳を読みながら一曲全部聞いてみた。ふーん、普通だな。じゃ他のも聞くか。から先は早かった。
オアシスに出会った一年後には「自分を傷つける必要はないのかもしれないね(と、思えればいいのにね…なんて思うことはどうせ無理だが、ギャラガーみたいに人生をやりたいと夢みるだけならタダじゃんね)」なんて思っていたのだ。そこに降って湧いたネブワース'96、立て続けにお知らせされるリアムのネブワース'22。私はおかしくなった。どうしてもこれに行きたくて躍起になった。リアムを見に行くことは私にとっての実弾だった。オアシスを聞いて私は大丈夫になった。ネブワースに行くことはその証明になる。ネブワースにいけたら私は私を信じられると思ったのだ。
どうせもう死ぬからいいか。で、かつて人生の全てを停滞させた私にとって自分で0から始めるというのはとても大きい意味のあることだった。
親友に向かって、お前が行きたいところに私も来いって言えよ、どうせ来るってわかってんだからせめていえよと怒り散らした私には、あいつの知らないところに一人で行くことにとても大きい意味があった。
残りの人生は罪滅ぼしのために辛くてやりたくなくて嫌なことだけやっていこう、法が私を裁かないなら、自分で自分を罰さなくてどうするんですか?と思ってた私にとってやりたいことをやるためにやりたくないことをやって生きるという選択は、とても大きな意味を持つことだった。
それで私は一人でイギリスに行って、ちゃんと生きて帰って来た。もちろん、フォロワーさんをはじめとして、住んでる国を問わず私を助けてくれたたくさんの人のおかげで無事に帰ってこれたわけだから本当に本当に本当にどうもありがとうございましたなんだけど、私はこのことが本当に、なんかもうめちゃくちゃ嬉しくて「えへへ✌️」て感じなのだ。
私はノエルギャラガーのことを兄て呼んでるから兄て書くんだけど、私は兄の書いた歌を聞いて「私にも価値があると思っていいのかも」「私だってなにかをやったり望んだりしてもいいのかも」と思えるようになって、りあむちゃんの歌を聴く為にイギリスまで追っかけて行くことで「私は何でもできたんだな」ていう、この先ずっと、少なくとも15年くらいは大丈夫でいられそうな気持ちになった。私はこれがめちゃくちゃ嬉しいのだ。
前に書いたブログで私はこういううんこほど恥ずかしいポエムを読んでいる。
「地に足をつけながら遠くに逃げて、地に足をつけながら見果てぬ夢を見て、美しく自由な世界への憧れを遠い遠い海岸線に投げかけたい」
これはつまり兄みたいになりたいなあということを私はゆっているのですけれど、私は少しだけそういう人になれてきているような気がした。好きな仕事に転職してふらふらしている。ちゃんと自分で自分を管理して不安にならないようにしている。仕事はだるいけど責任を持ってちゃんとやっている。けどそれはそれとして、サボるのもめちゃくちゃ上手になった。ライブのために長い休みだって取れちゃう。あとこれはどうでもいいことなんだけど、なんかわかんないけど、去年の写真と比べて顔が怖くなっていて「うれし♡」になった。最近のマフィアみたいなNGさんのこと、すごい好きだから……
彼らの音楽を聞いて、「うるせーーーーーーー!!!あたしはやりたいようにやる!!!!!暗闇の荒野に進むべき道を切り開く!あたしには『覚悟』がある!!!!」になって、例えば本当に仕事をやめた。(この仕事を辞めた時に作った『てか別にあたしの人生にあんたの合格印とかいらねんだけど』という短歌がお気に入りだ)アパートを借りて引っ越した。イギリスに行ってリアムを見た。なんでそんなにするの?と言われても「えへへ……リアム、見たいから……」というそれだけが私の理由で、理由がそれだけということがめちゃくちゃ嬉しかった。
これって全部、彼らの音楽を聞き続けることで心に「何に自分を踏みにじられてもその瓦礫の山の上に涼しい顔して立てますけど?」みたいな気持ちが溜まらなかったらできなかったことだなあて思うのだ。はあめちゃくちゃかっこいい。憧れてしまう。別に、40万のジャケットを普段使いしたいとか、乗らないロールスロイスを家のガレージに置きたいとか、アホみたいな値段の家を建てたいとか、スタジアムを観客で一杯にしたいとかではないけど、なんか生き様のかっこよさとかっこ悪さに憧れちゃうのだ。実家に私を置いといてくれた家族や時折声をかけてくれた友達、希死念慮を垂れ流す私をそのままにしていてくれたフォロワーなどたくさんの人が私を助けて見守っていてくれたけど、私は酷い薄情者なので、私の心にいつも必要なものを必要な分だけ与えてそばにいてくれたのは音楽だったと思ってしまった。
やっていくよすがにしていた私に突き放されて死んでしまった親友のことを考えない日はないし、うっかり泣く日もあるし、忘れるなんて許されないと思っていて、だけどそういう義務みたいなものより忘れたくない気持ちが強いけど、お前のことを考えているこの気持ちのままでもう私はなんでもできるようになってしまった。そういうことなんだよ。もしいつか会えたら「こんなことは絶対やめてくれって泣いて頼んだのに!!お前が私を捨てたんだろ!!!!」てX-menもびっくりみたいなことを口走って首を絞めてしまうかもしれないけど、会ってみないとわからない。わたしはあいつに酷い事をしたけど、あいつは私に日常的に一生許さなくてもいい級の酷い事をしていた。今だってしている。だからなんか、ビートルズが歌う通り、And in the end The love you take Is equal to the love you makeなんだよな〜て思った。それなのに私はもう一度会った時には、もしかしたらハグしてもう一生こいつを離したくない!て思うかもしれない。あいつの気持ちなんて1mmも考えてないからこういうことが言えるわけ。こういうところが良くないんだろうな。とはいえ死後の世界を信じていないので、謎の気持ちでここの段落を書きました。なんでもいいしどうでもいいけど、もしそれがあるのならコメディ映画みたいな風味であればいいなて思った。
私はギャラガーが突き立てたもちもちの人差し指と中指を灯台にして、この途方もなく広い海を航海していく。この数年を振り返ってみると、いつの間にかそうすることに決めてしまっていたのだ。こんなに楽しくて面白くて夢みてるみたいでバカなことがあるかよて今は心の底から思っていて、私はこれがどうしても、死ぬほどではなくlive foreverしちゃいそうになるほど嬉しいのだ。
2020年宇宙の旅
この季節になるとツイッターの大好きな方が#ぽっぽアドベントというものを開催する。今年のテーマは「変わった/変わらなかったこと」で、いろいろな人たちが今年の自分の話をしています。(よかったらこちらhttps://twitter.com/810ibara/status/1333425668848115716?s=20からどうぞ。最高です。) 私はこれとなんの関係もないけれど、もうすぐ終わる2020年を同じテーマで振り返ってみようと思います。(好きなので)(問題あったら教えてください すみません ヒエ〜〜ッ)
2020年、変わったことが何かあるとしたら、洋楽というかオアシスを聴き始めたことだ。もうこれしかない。
今年の5月まではいわゆる邦ロックとかいわれるやつを聞いていた。最初に出会ったバンド ASIAN KUNG-FU GENERATIONが今でも最愛のバンドで、チャットモンチーを姉と呼び、ゆらゆら帝国に人生を学んだ。去年、ロックンロ〜ルが好きで昔のアルバムばっか聞いてたはずが一度も手を出さずにいたミッシェルに今更ドハマりしてからは、チバユウスケに縋ってなんとか生き伸びる毎日を送っていた。
洋楽って、なんかドラムの音が得意じゃなかったのだ。バスドラがメタメタ言うしシンバルが軽くてハイトーンすぎるという感覚的すぎる理由で。全部が全部そうではないんだけど。とはいえ私は洋画沼に在籍しているので、全く洋楽を聞かない訳でもない。むしろ好きな曲が沢山ある。
大好きなクリスマスムービー(?)FILTHで流れるレディオヘッドのcreepで情緒をめちゃくちゃにしたり、キル・ユア・ダーリンのEDで流れるDon't look back into the sunでザ・リバティーンズにどハマりした。ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシーを見た直後にあの有名なサントラを購入してウガチャカしたり、映画で流れた好きな曲プレイリストを作っていたりする。高校時代は顧問のビートルズのベスト盤をパクって帰り、速攻でウォークマンに入れて次の日の朝練時に何食わぬ顔で棚に戻したりした。ここまで書いて思い出したけど、受験期はgleeというアメリカの高校の合唱部の子達の洋ドラを見て、Queenとツェッぺリンを聞いて鬱憤を晴らしていたんだった。前に局所的に流行った#30DaysSongChallengeで挙げたのは半分が洋楽だった。
一つのバンドの楽曲を隅から隅まで聞いて歌詞カードを読み込むのが私のはまり方だったから、大好きな一曲を集めるような聞き方は私の推し方じゃない。のめり込んで、人生の季節を丸ごと捧げるようなバンドはなかった。だから別に、私は「洋楽好き」ではなかったのだ。
けれど、それは突然前触れもなくやってきた。オアシス。ロックンロールの歴史に燦然と輝くあのoasisです。私はオアシスにはまった。そしてギャラガー兄弟という災害みたいな存在に心を照らされ、焼かれて、元の場所には帰れなくなった。運命ってあるんだな…とかめちゃくちゃダサいことを真面目に思っちゃったけど、運命としか言いようがなかったから仕方ないと思う。時々天啓のような小説や映画に出会う。目の前が開けるような創作物と出会う瞬間をオタクなら一度は経験したことがあるでしょう。私にとってオアシスはそれだった。どうやって生きていればいいか分からなくて、生きるべきか死ぬべきか、と本気で悩んでいた時にマスタープランを聞いた。
Please brother, let it be Life on the other hand won't make you understand We're all part of a masterplan
成り行きに身を任せろよ 未来なんて知りようがないんだ それは神のみぞ知ることなんだよ
こんなことを言ってくれる音楽を他に知らない。一つくらいあったかもしれないけど思い出せないってことは、この曲ほど私の心に響かなかったってことだと思う。と思ったところでビートルズのlet it beとかがあることを思い出した。すみません。
オアシスは、というか、ノエルの書く詩は、私の心の中にある荒れてぐちゃぐちゃで鍵がかかっているから誰も入ってこれないはずのドアを開けて、一番好きな友達みたいにするっと入ってきた。90年代のマンチェスターの陽の当たらない裏路地が、2020年の私の裏路地と繋がってしまった。これはものすごいことだった。酒と煙草とドラッグをやって、ギャンギャンギターを弾いて賞賛に飢えて「でも俺らって最高だよな〜」と言いあっていた25年前のマンチェスターのヤンキーのにいちゃんたちが、25年後の今この瞬間に「あーそういう感じの気持ちわかるわ~」とか音楽で喋ってこの世の全てに対して壁を作りまくっていた私の隣に座ってしまったのだ。
それからはもう一瞬だった。なんとなく聞いていたlive foreverとかwhateverをきちんと聞いていい曲すぎて号泣し、流れるように1、2枚目のアルバムを購入。ついでにバンTも購入し、サブスクで残り全てのアルバムをダウンロードしD'yer wanna be a spaceman?(これまじで、まじで好き………)を聞くためだけにSpotifyにはいり、B面集を狂ったように聞き始めた。
We're all part of a masterplan.
そう、本当にそう。まじで本当にそうなのだ。どうなるかなんてわかりっこないのだ。私は神様の計画の一部なんだから。私はキリスト教の幼稚園に入れられたキッズだったので、大人になった今でも神様といかキリストを刷り込み的に信じている。敬虔な信者とかじゃないけれど、神様は多分間違いなくいるんだと思っていた。でも、去年親友が死んでからはすっかり知らんがなみたいな感じだ。死んだ彼が安らかに酒でも飲んで楽器を吹いていてほしいことと、彼が来世(そんなもん本当にあんのか?あるんなら私も今すぐそこに行かせろよ)で幸せになって欲しいという願いを叶えてもらうために「信じてま〜す」てぬるい笑みを向けているけど、心の中はボケがよ…という気持ちでいっぱいだ。
神様は人を救わないじゃん。もうどうにもできないから仕方なくて一生懸命祈っても、大事なことのたった一つだって叶えてくれない。でもそんなの当然だよね、神様なんて、辛くて苦しくて理不尽な現実に納得するために人間が苦し紛れで生み出した理由とか装置だと思う。神様なんて信じてないけど「神様」には私を苦しめる権利がある。な〜〜〜〜〜にが神じゃ!!ギャハハ!死ね!!と思ってたところに、ノエル・ギャラガーが作ったマスタープランのあの歌詞ですよ。見た目もやることも完全にやばい不良のにいちゃんなのに、なんかめちゃくちゃ柔らかいところも、虚勢に見えるけど実際はマジの自信も、当然送られるにふさわしいはずなのにまだ未配達になっている賞賛を早く寄越せ!と欲する気持ちも、全部むき出しにしてぶん殴ってくるみたいなこの人一体なんなんだと思った。
オアシスの曲では苛烈な自己肯定が歌われる。「世界の全てが理解せずとも俺は俺だし、俺として生きていいし、俺は最高だし、俺は価値のある存在だ」という強い思いがどんな曲にも通奏低音、というか言葉にして歌われる。ここまで強く自分を肯定するのって、逆に自信が全くないからなんじゃない?負の感情の裏返しなんじゃない?と思うくらいバキバキに「俺は俺を生きていていいし俺は最高の存在だ」と主張する。何か途方もなくでかい諦めを経験してないと、深く深く傷つけられていないと、途方も無いほど自尊心をへし折られていないと、ここまでの苛烈さにはならないと思った。
曲を聞きながらwikiやらネット上のいろんな記事やら色々を漁るうちに、なんかものすごく大変な幼少期をおくっていることがわかった。だからどうって言う気はないけれど、その経験がこの人の心の中に、「荒れてぐちゃぐちゃで鍵がかかっているから誰も入ってこれない部屋」を作り出したんだろうなと思った。この人はその部屋の中で「だけど俺にだって幸せになる権利がある」と主張し続けてたんだなあと思った。
私はノエルのことを兄と読んでいるのでここでも兄と呼びますが、兄は何かのインタビューで「俺は誰もしたことのないような経験をした」と言っていた。「誰にだって幸せになる権利がある」とも言っていた。こう思えるのってすごいことだ。自分の命とか生の価値がめちゃくちゃにされた時に、それでも幸せになることを選ぶのはものすごく難しい。私は無理。この世から飛ばせてくれ!ていう、そっちを選ぶし選んだ。それなのに兄はMaybe I just wanna fly Wanna live I don't wanna die Maybe I just wanna breathとかいう歌詞を書く。この人まじでなに???
あと口が悪すぎる。素行も悪い。弟と殴り合う。あとすぐにどっかにいなくなる。しかも、そんなんなのに兄の書く詩にはマチズモの匂いがない。何故…………(後に、マチズモおじさんなんだということがわかりましたが)ちなみに歌詞はラリってる時に書いているから意味なんて無いし覚えてもいないらしい。その状態で自己肯定の塊を産むってちょっと意味がわからない どれほど強く願ってるの?
昔、私の好きな映画批評ラジオでデッドプールというアメコミ映画の批評をしていた。その際、デッドプールの荒唐無稽で止まらない軽口を「絶望に覆われない為の切実な生きる術であり、つらい現実を笑いのめす為である」と解説していた。不良のあり方とはそういうものである。
この世を生き抜くことって、感情が理路整然とした道を辿るのでは無いんだろうなあと思った。嘘と本当と本音と、それがごちゃごちゃに混ざっている中にだけ本当のことがあって、オアシスを聞いた私は兄のそれを見てしまったんだなあみたいな、ふつうにヤバい狂った気持ちになった。私の頭には『理解』の二文字が浮かんだ。オタクはすぐ、しかも勝手に『理解』する。この『理解』をした瞬間、私は兄に落ちていた。
兄がいるんだから当然弟がいる。こっちだって語らなきゃいけない。言わずと知れたリアム・ギャラガーである。オアシスを知って最初に目を奪われたのはリアムだ。普通のジャージにチェックのジャケットを着て、薄い色のついたサングラスをして煙草を吸って、酒を片手にステージのど真ん中で突っ立って観客を見下ろしている。それだけなのに、これまでの世界がぶち壊れるほど、もう死ぬほどかっこよかった。
だってこんなんキリストじゃんか…pic.twitter.com/pmntmqOjal
— 美味&強 (@bimi_tuyokunaru) 2020年5月24日
この通りです。神はいないとかバーカとかクソがよとか言った口でりあむをキリストと讃えています。
兄が作った歌を弟が歌う。兄が作った自己肯定の塊みたいな凄まじくいい曲を、奇跡みたいな声をしている弟が歌う。なんならちょっと諦めに満ちすぎている歌でも、リアムが歌うとその瞬間に希望の歌に聞こえる。すごくない?この人なんなんだ???彼らはDefinitely maybeから30年後なのに私のことも征服してしまった。もうダメだった。オアシスめちゃ好き、、、、てかギャラガー兄弟大好き、、、、リアムの不思議な斜視を見るたびにあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜好き……て思った。「自分で自分を信じなきゃ誰が自分を信じるんだよ」みたいなことも言っていた。兄弟なんだなあとしみじみ思った。好き……
ていうか、兄が作った歌を弟が歌う、ってのがやばかった。知れば知るほどリアムがお兄ちゃんっ子なのもやばかった。私は兄弟とか双子にびっくりするほど弱いので、バンドの曲だけじゃなくて兄弟が好きになった頃にはもう気が狂っていた。なんかもう、オタクの私にギャラガー兄弟は、普通に致死率100%の猛毒だった。さて、ここでさっき引用したマスタープランの歌詞を思い出してください。
Please brother let it be
兄がそんな意味を込めていないであろうことくらいわかってんだけど、brotherって、 brotherって、リアムのことじゃ〜ん〜〜!て思わずにいられないのだ。前後の歌詞もなんかちょっとソレっぽい感じだし、しかもこの部分は兄が歌っているのだ。これはそういう意味のbrotherじゃないことくらいわかるけど、わかるんだけどさ〜〜〜〜〜〜……
だけどこの兄弟は世界で一番仲の悪い兄弟なので、10年前に二人のケンカでバンドは解散し、今に至るまで口を聞いてない。残念。ハマったのが遅すぎたね。そう思っていたら弟はTwitterをやっていて、しょっちゅう兄のアカウントに食ってかかるし、誕生日は愛を込めて祝うし、自分のソロの楽曲では兄のことを歌うし、「たった一人の観客=兄のことを考えながらライブをしてる」「本当は寂しいのよ。兄弟だから」とか言われている。兄は兄でテレビとかラジオでニコニコしながら在りし日の弟(ここが結構ポイントだ。昔の弟の話ばっかりするの、なんでなんですか?昔は可愛かったの?)の話をする。解散したのにこんなに福利厚生がしっかりしているバンドは他に知らなかった
兄が昔の弟みたいにタンバリンを戴いている写真を見たら耐えられなくなっちゃった。それで新しいアカウントができた。オアシスの周りのバンドを聞くようになった。blur大好きです。スミスとかザ・フーとか、名前だけ知ってて聞いてなかったバンドをたくさん聞くようになった。(あと今リナサワヤマめっちゃ好きなんで、超いいんで、みんな聞いてください)それで今に至る。
あと私がミーハーなオタクだったせいで、そしてリアムがあまりにもかっこ良かったせいで、服装も変わった。私のすべてのTシャツのサイズがワンサイズ以上大きくなって、フレッドペリーのポロシャツを買い(これはBlurとかりばちんずの影響が大きいけど)、ぶっといだぼだぼジーンズとかをはくようになった。世の流行が90年代リバイバルで本当に良かった。ブリットポップファッションめちゃめちゃ可愛い。服装が中学生だった頃のオアシス、本当に好き。all my people right here right now Do you know what I mean〜いぇいいぇいのやつの兄は見れば見るほど中学生。フライングV(で合っている?)がこんなに似合わない人初めて見た。あと極め付けに、りあむっぽい黄色いサングラスを作ってしまった。私が最強でごめんなさいね。
そんな感じで、2020年の私は激動の一年を過ごした。
変わらなかったことといえば、相変わらず精神がめちゃくちゃで、感情のない機械になれと言われ低賃金で肉体労働をしこき使われており、根暗なところだ。でも私はオアシスが大好きな根暗なのでふつうに最高で最強の根暗です。だいたい兄をみてください。兄だってあれは根暗の部類ですよ。(そこがすき〜〜!)それに親友のことは世界で一番愛しているままだし今まで好きだった音楽もずっと宝物のままだ。
そんな感じで私の2020年は終わる。今は辛いだけかもしれなくて、すぐto be or not to be......………………………になってしまうけれど、それは今呼吸ができないから。息ができるようになりて〜〜と思えるようになりたい。永遠に生き続けたいとか思ってみたいよなあ!つまり私は兄が大好きなので、兄みたいになりたいということだ。兄みたいになりたいってかなり恥ずかしいな
兄弟はその生き方とか姿勢とか存在の確かさゆえにものすごく美しいと思う。そんな風になりたいってこと。私はまだ宇宙飛行士になりたいと思ってしまうんだけど、それは恥ずかしいことじゃないなって思うようになった。地に足をつけながら遠くに逃げて、地に足をつけながら見果てぬ夢を見て、美しく自由な世界への憧れを遠い遠い海岸線に投げかけたい。
今チバユウスケがやっているバンド、the birthdayのBuddyという曲が好きなので、歌詞を引用して終わります。人生の歌だな〜と思って聞いています。
変わらないでいるために変わる 当たり前じゃんかそんな事
お前にライトの輪がとんでいって天使みたいに見えるぜ気のせいか
ロックンロールに溺れようぜ 朝から晩まで寝てる時でさえ
お前に涙は似合わないなんて言わないけど下手クソな口笛を吹いてくれよ